親との関係 -自分の子がひきこもりになったら-

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親は、自分の子どもがひきこもりになったら、なにをしたらいいのでしょうか。どうしたら、ひきこもりをやめさせられるのか。

ボクには子どもはいませんが、「ひきこもっていた子ども」であった経験と、「ひきこもりを止めた」経験ならあります。

そのときの親はボクに対してどんな態度だったのか、を思い出しながら、なにをしたら良いのか・なにをしたら良くないのかを考えてみます。

できることはひとつ

ボクが思うに、ひきこもった子に対して親ができる最善のことは、普通に接することです。別に、外に連れ出そうとか、なんとかしようという意識はいりません。

子供に限らずですが、ひきこもってる人は、おそらくみんな、このままではいけないと思っているからです。だれに言われるでもなく引きこもったのだから、それを止めるのも、やはりだれかに言われてすることではないのです。

 

大ベストセラー嫌われる勇気では、ある国のことわざとして次の言葉を引用してしています。

馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない

外に出たい、ひきこもっている現状をなんとかしたい、という気持ちが強くなったとき、それを伝えられる環境があることが大事かと。

つまり、水辺はすぐそばにあって、いつでも呑めるのだと気づけるか、ということです。

 

ボクがひきこもっていたとき、親(特に母親)は、ボクに対して特別なことはなにもしていません。ただ普通に話しかけていただけです。(ほとんど無視していましたが)

だからこそ、なにかしなければ、変わるのは他ならぬ自分だ、という気持ちが強くなったのだろうと思ってます。

特別なことがなにもなかったから、変わりたいと思ったときに、そのことを伝えることができたんです。

最悪は

逆に最悪のアプローチは、強制的に外に連れ出すとか怒鳴るとかでしょう。

馬の頭をつかんで、水に顔を押し付けたら、確実に暴れますよね。

 

ふたたび、嫌われる勇気から言葉を借ります。

この本の元になっているアドラー心理学では、ある行動や決定は、原因があるからするのではなく、目的を達成するためにする、と言っています。

なにかが原因でひきこもっているのではなく、なんらかの目的のためにひきこもっている、ということになります。

ひきこもる必要がある、とも言えるでしょう。

強制的になにかしようとすることは、子どもなりの「ひきこもる必要性」を無視する行為です。それでは、良い結果は期待できません。

 

ボクは、連れ出されるとか、怒られるとか、そういったことはまったくありませんでした。もしあったら、間違いなく親を恨んでいたでしょう。新聞に載るようなことをした可能性もあります。

自分でいうのもなんですが、ひきこもっていた内の何年かは、性格が破綻してました。病院に連れて行かれてたら、たぶん入院させられたんじゃないかと思います。

暴れるといった類のものではなかったですが、内側が壊れていたというか。暴れてたり大声だしたりしてたら、さすがに病院送りだったかもしれません。

結論

ひきこもっている子どもに親ができることは、家族の1人として特別扱いせず接することなのでしょう。

それしかできないと思います。外に出る選択をするのは、親ではなく子ですからね。

外に連れ出すことはできますが、それで良いのかという話です。嫌われる勇気では、ひきこもりに関して書いていたり、「課題の分離」など使える考え方も載っているので、読んでみるのもおすすめします。

ただ間違っても、ひきこもってる子どもに読ませよう、なんてしないでください。

 

しかし今になって思うと、ボクの親はアドラー心理学を知っていたかのような振る舞いでしたね。嫌われる勇気の発売は最近ですが、アドラー心理学自体は古いものなので、ひょっとしたら。